神社の歩き方

神社を生活の一部にするために、少しでも神社の楽しみ方を伝えたい。神社ごとに祀られている神様やご利益などを分かりやすく発信していけたらと思います。ブログの一番下にカテゴリー別に分けてあるので、そちらからご覧いただくと分かりやすいかと思います(*^^*)

軍神の一騎討ちの勝負の行方は!? タケミカヅチ&タケミナカタ

今回の神様図鑑はタケミカヅチ&タケミナカタです😄

漢字で書くと建御雷(たけみかづち)&建御名方(たけみなかた)ですね👍

とはいっても著書によって呼び方や表現の仕方は様々なので、自分の理解しやすい呼び方や書き方でいいと思います😅

大事なのはどんな神様だったか知って、思いを馳せながら神社に行くことですからね⛩️

 

さて、この2人はどんな神様だったかというと...少しばかり古事記の内容を理解しなければなりません😱😱

 

葦原中国(あしはらのなかつくに)の神々である国つ神の1柱であるオオクニヌシがついに地上を平定して国作りを終えた頃、アマテラスが「地上の支配者は私の子どもが相応しい」といってオオクニヌシに国譲りを迫ります🙇

 

交渉のための使者を送り最初の使者は3年、次の使者は8年かかりましたが揃って失敗😵

3度目の正直で使者として派遣されたのがタケミカヅチです👼

軍神の名を持つタケミカヅチは強硬にオオクニヌシに国譲りを迫りますが彼は自らの子に判断を委ねました

 

子の1人である八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)

はあっさり国譲りに承諾(笑)

タケミナカタだけは抵抗をしタケミカヅチに力比べを申し込み、軍神同士の勝負が始まります‼️

「建」の文字の通り彼らは武力の神です

 

いい勝負になるかと思われましたが、タケミナカタは一瞬で両腕を握りつぶされ信濃国の諏訪に逃げ出してしまいました😭😭(諏訪まで軽~く投げ飛ばされた説もあります)

彼らの勝負の様子が日本で初めて行われた相撲だったとか。

タケミナカタは「諏訪から出ないから許してくれ~」と言って許しを得て、オオクニヌシは「大きな神殿を作って、そこに自分を祀ってくれるなら」と言って服従を誓う事となりました✨

この神殿はのちに出雲大社と呼ばれていますよね⛩️

 

さて、タケミカヅチは軍神であり勝負事の神様です😄

春日大社を参拝した時の記事でも書きましたが、負けられない戦いの前に参拝する事をお勧めします👍

 

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ちなみにタケミカヅチカグツチの首を切り落とした際に剣に付いた血から生まれた神様なので剣の神様でもあります

 

 

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タケミカヅチ信仰の中心は茨城県にある鹿島神宮ですね⛩️

大昔は神宮の名を許されたのは「伊勢神宮」「香取神宮」「鹿島神宮の3社しかなかったので、いかに格式が高い神社かお分かりだと思います🙇🙇

 

一方でタケミナカタも勝負の神様として昔から戦国武将に信仰されてきました。タケミナカタを祀る諏訪大社は有名ですよね⛩️

武田信玄も合戦の時に諏訪の文字を入れた旗を使っていたらしいです😁

勝負では瞬殺されたのになぜ戦国武将から信仰を集めてたのか? 

勇敢にも強者であるタケミカヅチに勝負を挑み、戦う姿勢を見せた様子が多くの武士から共感を得られたのかもしれませんね😃

 

圧倒的な力で国譲りを成功に導いたタケミカヅチ、負けはしたけども勇敢にも勝負を挑んだタケミナカタ...僕はタケミナカタの方が共感できましたが皆さんはどうでしょうか?

諏訪大社鹿島神宮もまだ参拝したことがないので、是非とも彼らの勝負の様子を思い浮かべながらいつか会いに行ってみたいですね⛩️